神話的知性と活動

日々移りゆく思考の跡を記録します。

ネットカフェ宿泊者の支援根拠

1 導入(ニュース記事)

緊急事態宣言により、都内のネットカフェが休業対象になった。

東京都は、ネットカフェに寝泊まりをしていた人など、新型コロナウイルスの影響で居場所を失ったひとにホテルなど一時的な宿泊場所を提供するという。

 

東京都 ネットカフェ休業で一時宿泊先提供[2020/04/10 23:59]

https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000181544.html

テレビ朝日HP)

 

こうした人たちへの支援は、人道の見地から必要なものであるとは思うが、他方で、法律上の居住地というわけではないのであるから、どうして行政が支援する必要があるのだろうか、という疑問が生じた。

 

2 問題提起

疑問の観点は、この施策の法令上の根拠は何か。また、施策の経緯は何か、である。

 

3 調査

(1)まず、この施策はどういうものなのだろうか。

東京都福祉保健局の実施するこの事業は、「生活困窮者就労訓練事業」とのことである

 https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/seikatsu/seikatsukonnkyuu/seikatsusyuurou.htm

(東京都福祉保健局HP)  

事業の目的は、生活困窮者の就労に向けた支援である。

その中で、就労訓練などのプログラムと並び、安定的な生活の場を得るための支援というものが含まれている。これが、ネットカフェ宿泊者への支援に活用されているようである。

 

(2)本事業の根拠法令は、平成27年4月施行の生活困窮者自立支援法だ。

同法の目的は、次のとおりである。

(目的)

第一条 この法律は、生活困窮者自立相談支援事業の実施、生活困窮者住居確保給付金の支給その他の生活困窮者に対する自立の支援に関する措置を講ずる ことにより、生活困窮者の自立の促進を図ることを目的とする。

 

また、同法について、厚生労働省は次のように説明としている。

生活保護に至る前の段階の自立支援策の強化を図るため、生活困窮者に対し、自立相談支援事業の実施、住居確保給付金の支給その他の支援を行うための所要の措置を講ずる。

https://www.mhlw.go.jp/content/000362589.pdf

厚生労働省HP)

 

(3)さらに、同法の制度設計を担った社会保障審議会の報告書の冒頭では、背景として次のように述べている。 

 社会保障審議会 生活困窮者の生活支援の在り方に関する特別部会 報告書』

1.生活困窮をめぐる現状と課題

〇 生活困窮者の増大によって、この国の基盤が揺らいでいる。戦後日本の繁栄は、なによりも勤労世代の大多数が就労できて、家族の生活を豊かにすることを夢見て働き続けることでもたらされた。意欲をもって働くものがその手応えを感じ、生活を向上させる条件があったからこそ、この国は高い勤労モラルを実現し、高度な産業国家として世界経済を牽引することができた。

〇 日本がより成熟した経済社会に舵を切るにあたって、国民大多数が参加し力を発揮できる国と社会のかたちを継承していくことは、ますます重要になっている。ところが、1990年代の半ばから、安定した雇用が減し世帯構造も変化して、現役世代を含めて生活困窮者の増大が顕著になった。

〇(中略)生活保護の受給者は、これまで高齢者など就労が困難な人々が中心であったが、稼働年齢世代にある人々を含めて生 活保護を受給するようになっている。

〇 生活が困窮し立ちすくむ人々が増大するなかで、この国の活力が失われつ つある。失業、病気、家族の介護などをきっかけに生活困窮に陥る人が増え ている。生活基盤の化などの要因が重なって、自信を喪失し、将来への展望を失い、生活困窮に陥ることもまれではない。懸命に働いても困から脱却できず、生活保護の受給しか生計を維持する手段がないとすれば、働き続ける意欲は減退していく。

〇 自己有用感をもてず、将来の展望を完全に失った人々が増えると、現役世代を中心に能力、知識、技能の形成が進まなくなり、勤勉な労働力というこの国の最大の資源が失われていく。

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000057342.html

 

”戦後日本の繁栄””高度な産業国家として世界経済を牽引”というストーリーを持ち出していることや、その主な要因を勤労精神と家族という概念に集約させていることに、私は大きな違和感を感じてしまう。

要するに、法の背景は、安定雇用の減少や世帯構造の変化などにより、生活困窮者や生活保護受給者になってしまう現役世代が増加している、ということである。ただでさえ少子高齢化社会保障の基盤が揺らいでいるにもかかわらず、労働力としてカウントでき得る年齢の人たちが動員できない状況に陥っており、なおそれにとどまらず、ともすれば生活保護により社会保障費を増大させる一因にもなってしまっている現状がある。戦後日本の繁栄をもたらした”勤勉な労働力”を取り戻し、現在の経済システムを維持するためにも、生活困窮者の生活立て直しを支援し、就労へ導こうというのが本法の趣旨であると解される。

 

4 考察

冒頭で紹介した、緊急事態宣言に伴うネットカフェ難民の宿泊場所確保は、この生活困窮者自立支援法に基づく施策を活用したものである。それは一見、行政の要請に伴い居場所を失ってしまう人たちへの人道的な支援であるように思われる。事実、そうした側面も当然ながらあるのだろうが、その根拠を辿ってみると、また別の側面が見えてくる。すなわち、こうした支援はあくまで社会システムの維持が主目的としており、人権保障などの理念に基づく社会的弱者の保護という意味合いは薄い、ということである。

先に引用した報告書では、生活困窮者支援について”国”という視点で語られ、生活基盤を失った人たち個人の立場からの視点があまり感じられない。「勤勉な労働力というこの国の最大の資源が失われていく。」というあたりは特に、国民を単なる労働力として描いており、国民の上位に立つ”お上”意識が垣間見える。

 

たしかに、こうした背景を持っていたとしても、ネットカフェ難民への居場所提供は必要なことだし、やるべきことではある。かといって、手放しで称賛するものであるかについては疑問を持たざるを得ない。そもそも、生活困窮者を生み出し続ける社会構造を変えることなく、就労訓練を施し、”勤労な労働力”として再生させて経済システムに送り返す行為は、対症療法以外の何物でもない。生活困窮を個人の責に帰すことなく、構造的な問題の解決を目指すべきではないだろうか。